「あら…?」
エオニア軍から逃げローム星系へ向かうエルシオールのブリッジで、レーダーを見ていたオペレーターのココは エルシオール遥か前方、レーダーのぎりぎりの部分に移ったその不思議な影に気付いて首を傾げた。
最初は何かの残骸かと思ったが、それにしては不自然なのだ。

エオニア軍だろうか? とも思ったが、それにしては回りになにも無さ過ぎる。
艦隊なら、もっと多数の艦影が見られるはずだ。
それにこうも簡単にレーダーに捕らえられるなんて無用心すぎる。

ココはもう少しその物体が近づいてから、その影を拡大してみた。
「…ひも?」 思わずそうつぶやく。
拡大した映像に移っていたそれは、大きな紐をぐちゃぐちゃに丸めたような形をしていた。

ギャラクシーエンジェル SS 「あしあと」

「ひも?」
ココの報告を受けたタクト―現エルシオール司令官―は、やはりココと同じように首を傾げた。
「はい、ひもです。拡大した図を表示しますね」
そういうとココはコンソールを軽快なタッチで叩く。
すぐにその図は表示された。
顔を上げたタクトはその図をしばらく無言で観察して、言った。
「…確かに、『ひも』だね。いや、『つな』の方がいいかな?」
「どっちでもいいだろうが」
タクトのすぐ横に立っていた副官レスターが、間髪入れずに突っ込む。
「しかしただのひもにしては大きすぎるんじゃないか?  いったいどれくらいあるんだ」
「ええと、この大きさなら…」 ココは画面をしばらくみつめて考えた。レーダーに捉えた位置を考えて計算する。 「直径が3千kmくらいですから…伸ばすと、 全長1万…いえ、2万kmくらいかと…」
「なっ」 レスターは驚きを隠せない 「そんなにでかいのか?! それじゃ惑星クラスじゃないか」
「はい、レーダーに捉えられたぎりぎりの位置でこの大きさですから、 そのくらいではないかと思います」
「なんだ、そりゃ…。 でたらめだな。それで、これの正体はつかめたのか?  まさかエオニア軍の新型じゃないだろうな。だとしたら厄介だぞ」
「いえ、それが…」 ココは表情を暗くする。 「識別信号どころかなにも反応がなく、見当もつかない、 というのが正直なところです。それでどうしようかと、報告したんですが…」
そうだ。いまこのエルシオールは、通称エオニア軍とよばれる、 そのほとんどを無人艦隊で編成する軍に追われていた。 つい先日も追ってきたエオニア軍をようやく撃退したばかりなのだ。 そんなエルシオールの前方に立ちはだかる影。 それだけならエオニア軍の兵器だとしてもなんら不思議ではない…が。
「まぁ、エオニア軍ってことはまずないだろうね」 タクトが答えた。 「さすがにコレは大きすぎる。白き月をゆうに越える大きさなんて、 さすがにもう人間の作れるものじゃないよ」
レスターはそれを聞くと、なるほどとつぶやいて少し肩をおろした。
だがあいかわらず眉間に皺を寄せたままだ。
「しかし、何もわかんないんじゃ俺達も判断のしようがないぞ…。 場所はどのあたりなんだ?」
「それが…」 ココはコンソールを叩いて、エルシオールと物体との両方が入った海図を表示した。 「ここなんです」
「なっ!」 画面をみてレスターが驚く。 「予定航路上じゃないか!」
「はい…。まだかなり遠いので迂回できない距離ではないですが…」 ココが答える
「だそうだ。どうするタクト。迂回するか?」
レスターは横の司令席に座っているタクトに聞いた。
「うーん」
タクトは顎に手を当て、しばらく考える。
「いや、直進しよう。いまは早くローム星系に着きたい」
「お、おい。あれだけ巨大な物体だぞ。エオニア軍のものじゃないにしろ、 障害になるものだったらどうするんだ?」
「その時はその時、いざとなればエンジェル隊だっているじゃないか。 それよりも今は、これだけ大きなものを迂回する時間が惜しい」
「そりゃそうかもしれんが、あの大きさだぞ?  さすがのエンジェル隊でも何とかなるとは思えんが」
顔をしかめるレスターに、タクトはにっこり笑ってこたえた。
「だからいざとなれば、さ」 そう言うと、タクトは「ひも」が映った画面を見る。
「それに俺はあれがそれほど危険なものとは思えないんだよ。絶対大丈夫」
タクトの言葉は、いつもの意味の無い自信に満ちていた。
そしてレスターもまた、いつものようにため息をついて言う。
「なんだそりゃ…。まぁいい。そういうことならお前のカンを信じるよ」
そう言って、前方を見る。
「そういうことだ。ココ、アルモ、このまま直進だ」
「了解!」 ココとアルモがはっきりとした返事を返す。
「で、だ」 再びレスターはタクトを見る。 「お前は、『いざ』というときのための準備でもしてこい」
「はは、そうだね」 タクトは嬉しそうに 「それじゃ、そうさせてもらうか」
「なんだその嬉しそうな顔は…」
理由もわかってはいても、ため息が出る。
気がついた時には、タクトはもうブリッジから出ていた。


エンジェル隊の全員がカフェで話を咲かせていた。
そこへタクトが現れる。
「やぁ。みんな」
「あらタクトさん、いらっしゃい」
ミントが手に持っていたカップをテーブルに置いてタクトに挨拶をし、残りの4人もそれに続いた。
「一体、何のご用ですの?」
「エンジェル隊、としての仕事をちょっとね」 タクトはちょっとすまなそうに答える。
「仕事?」
「ああ、エルシオールの予定航路にちょっと問題があってね」
「問題、と申しますと?」
「障害物があるんだよ。とてつもなく大きい障害物がね」
「それで、それを私たちに取り除いて欲しい、ということですの?」
「いや、障害物を取り除く必要はないよ。 ただ、それが何なのかわからないから、念のため調査して欲しいんだ」
「未知の障害物の調査、ですの」
「そう。いまはこのまま直進する予定だけど、 もしあまりに危険なようだったら迂回するかもしれない。 場合によっては戦ってもらうかもしれないけど…」
「タクトさんは、おそらく安全だろうと考えておられるのですね?」
横に大きく広がったうさ耳を動かしながらミントが言う。思考を読んだのだ。
「はは、そういうこと」 タクトは笑いながら答える。
「と言うことですわ、みなさん」 ミントは後ろの4人のエンジェル隊を振り返りながら言う。
「「了解」」
全員のハッキリとした返事。
「…で、アタシらはいつ頃出動すれば良いんだい?  のんびりしてるところを見ると、今すぐって訳じゃないんだろう?」
フォルテがタクトに問う。
「えっと、観測によると接触までに1時間くらいかかるらしい。 それまでゆっくりしてて良いよ」
「それじゃタクトさん、それまでここで話をして行きませんか?」
ミルフィーが身を乗り出して言う。
「いいね、そうさせてもらおうかな」
タクトは笑って答えると、エンジェル隊の座っているテーブルの隣に座った。


「エンジェル隊、準備OKだ。いつでも出られるよ」
ブリッジのスピーカーからフォルテの声がする。
「わかった。それじゃハッチを開くから順次発進してくれ。 目標は目立つから、発進したらすぐ分かるはずだ」
タクトがマイクを使って指示を出す。
「はいよ。それじゃみんな、出るよ!」
「「了解!」」
返事にあわせて格納庫のハッチが開く。
「なっ!!」 発進して最初に発言したのはランファだった。 「なにこれぇ?!」
5機の紋章機とエルシオールの前に立ちはだかっている物体の大きさは、 予測されていたにも関わらず、各人の想像を超えるものだった。
「この大きさは…白き月をも優に超えるだけあるねぇ…」 半分呆れたようにフォルテがつぶやく。
「他人事のようにおっしゃらないで下さい、フォルテさん…」
ミントが言う。
「タクトさん、これを本当に調査するんですの?」
「ははは」 タクトもあまりの大きさに乾いた笑いだ。 「そうだねぇ」
「あのぉ…これ…」 ミルフィーがタクトに言う。 「ミミズ…ですか?」
タクトは画面に移ったミルフィーを見て、そしてまた巨大なひも状の物体を見る。
それはまさに、土の中に住むミミズそっくりの形をしていた。 …そのとてつもない巨大さを除いて。
「そう…みたいだ。…巨大宇宙ミミズかな。 …まさかこんな時に見られるなんて」
「ちょっとまて! あれは伝説の生物だろう! 実在するなんて事は…!!」
レスターが反論する。
それに対しタクトはレスターを振り返って言う。
「じゃ、この現実をどう説明する?」
「う…」
「ちょっと待ってよ!」 ランファの顔が画面に割り込む。 「これって生物なの? そんなの危険で近寄れないわよ!!」
「でもこのミミズ、動かないよ?」 ミルフィーが言う。
するとなにやら調査していたらしいヴァニラが答えた。
「生命反応はありません…」
「なんだって?!」 レスターはそれを聞いて前に出る。 「生きていない?ということは死体なのか?」
「わかりません」 ヴァニラが答える。 「一時的な仮死状態、ということも考えられます」
それを聞いてレスターは苦い顔をする。
「休眠状態である可能性もあるってことか…」
「そう、ですわね。私のレーダーでも判別はできません…」 とミント。
「やはり、調査してみないと分からないか…」
タクトが言う。
「エンジェル隊のみんな、慎重に近付いて、調査してみてくれ。 それでちょっとでも反応があるようだったら、すぐに待避だ。その時は迂回しよう」
「「了解」」
返事をするとエンジェル隊は徐々にミミズに近付く。
しかしどれだけ近付いても、ミミズが動く気配はない。
「ミルフィー! 前に出過ぎよ!」 ミルフィーのラッキースターの後ろからランファが言う。
「あ、うん、ランファ」 ミルフィーユは答えると速度を落とした。 「でも……変よ、このミミズ、死んでるっていうより…」
「宇宙ミミズそのものではなさそうですわね」 とミント。 「いえ、宇宙ミミズではあったのですが…」
「え? どういうことよ?」 二人の会話を聞いてランファがミミズを見る。 「あ…!!」
「ああ、これは…」フォルテが言う。
「巨大宇宙ミミズの抜け殻のようです」ウ゛ァニラが答えた。
「「抜け殻だって?!」」
ブリッジのメンバー全員が同時に声を上げる。
「抜け殻っておい、ちょっとまってくれ。 巨大宇宙ミミズってやつは『脱皮』するのか?!」 レスターが言う。
「…らしいね」 驚きを隠せないレスターに比べ、タクトは冷静だった。
「いや、それは変じゃ無いか?!  ふつうミミズっていうのは脱皮とかしないだろ。 脱皮したらそれはミミズじゃなくて別の生物だ!!」
「だから、巨大宇宙ミミズ」 タクトがにっこり笑って答える。
しばらく沈黙が訪れる。レスターは肩をがっくりと落とすと言った。
「…巨大宇宙ミミズと、ふつうのミミズとは種族が違う、てことか」
「そうみたいだ」
タクトはレスターをよしよしと宥めると、画面のエンジェル隊に向かって言った。
「ランファ! 念のため、本当に抜け殻かどうか確かめてみてくれ」
「もう確かめたわ」 ランファの答えはすぐだった。 「間違いなく抜け殻よ」
画面を切り替えると、カンフーファイターは「抜け殻」にアンカークローを打ち込んでいた。
そのまわりに他の紋章機も集まっている。
「まさか、抜け殻とは思わなかったわ…。 それもこんなにおっきい」とランファがつぶやく。
「ここに確かに巨大宇宙ミミズが居たという証、ですわね」 とミント。
「こんなに大きな生き物もいるのね。宇宙って広いんだ…」 しみじみとミルフィー。
「宇宙の大きさは私たちの想像を遥かに超えています」 とはウ゛ァニラ。
「こんなの見せられちゃうと、 私らがこうやってドンパチやってるのがちっちゃくて馬鹿みたいに思えてくるよ」 フォルテが続いた。
「そうだね」 タクトが続いた。 「本当、宇宙って広いよな」
「おいおいお前ら、そうやって浸るのは良いが 、今は戦争中だって事忘れるなよ?」 タクトの横でレスターが諫める。
「大丈夫、わかってるさ。今は生き延びるのが最優先だ」 タクトは笑って言う。
そしてタクトは画面を見直し、気合いを入れるとエンジェル隊へ向かってマイクをとった。
「エンジェル隊のみんな、貴重な資料だから、 抜け殻を少しだけ拝借してきてくれ。それが終わったら出発しよう!」
「「了解!」」
スピーカーから5人のエンジェル隊の返事が気持ち良く響く。
タクトはマイクから口をはなすと右手をあげ、宇宙ミミズの抜け殻に向け、独り敬礼した。


戻る

SHIROYAMA Yusuke (shiroyagi@mx2.wt.tiki.ne.jp)